RC Car Trend モーター研究室
<その9:懐かしの「ブラックモーター」>
「ブラックモーター」。この響きに郷愁を覚える向きはかなり年期が入ってる方でしょうね。
タミヤが初めて手がけた「モディファイド・モーター」(当時は「チューンド・モーター」と呼ばれていました)、それが
「マブチRS-540SDブラック」(当初名称、のちに「RS-540SDブラック・スプリント」に改称)です。
そもそも当時はRS-380Sが標準でしたので、RS-540Sはオプションのハイパワーモーター、という扱いだったのに、
そのRS-540Sに進角を付け、ボールベアリングを装備、巻き線やマグネットも見直し、と過激な仕様を採用し、
さらに精悍なブラック塗装と赤い樹脂製エンドベルで仕上げられたのが「ブラック」だったのです。
このモーターが「カンナムローラ」キットの同梱モーターとして登場したのは1980年。背景には、
Ni-Cdバッテリーやスポンジタイヤ、FRPシャシーの採用、射出整形グレード
のナイロン樹脂の低価格化、
といった電動RCカーの素材面での急激な進歩と歩調を合わせて、RCレースが人気化し、どんどん過激になっていったことがありました。
というのも、70年代末頃のRCレースというのは、静岡でタミヤGPが年3回〜6回程度、東京・大阪でも年1、2回タミヤGPがあった程度で、
あとは都会も地方も「ショップ主催レース」がメインであり、そこでのルールは「6Vバッテリー使用なら何でもあり」という程度の規制に過ぎなかったのです。
なにしろ、タミヤGPで自作車OKだったんですから。信じられますか?
この時代、タミヤのマシンは「絶対の存在」では必ずしもなく、なんと言っても「走るマシン」がもてはやされました。結果として、
毎年のJMRCA全日本選手権は、各メーカーの製品の優秀性をアピールする場として機能し、
そこで勝ったマシンが全国各地で飛ぶように売れた時代だったのです。
こんな時代の寵児となり、当時レース派ユーザーに圧倒的な人気を誇っていたのが、スロットカーメーカーから転身したAYK(青柳金属工業)でした。
第1作「ビッグマーチRX−1200」が採用したFRPシャシー、サーボセイバー、ピロボール式リンケージ、アライメント調整機構は
その後のRCシャシー設計や材料選択の「基準」となり、続く
第2作「RX−2000」ではシャフト内蔵デフ、黒色FRPシャシー、小型スピードコントローラーを、
第3作「RX−3000」ではFRP製メカデッキ、アルミ製ビス/ナット、ベアリング内蔵式大径フロントハブを採用するなど、
非常にマニアック、かつ実戦的な作りがその速さと相まってレース派に受けたのです。
当然、周辺のエクイップ関係でも、次々に実戦的な商品を送りだしてきました。
非常にスマートなデザインの急速充電器など。
モーター用のクリーナースプレーをRCシャシーメーカーとして最初に発売したのもAYKでした。
それまでは、模型用モーター洗浄スプレーといえば、タミヤ・オイルスプレーやCRC5−56のような高分子化学配合剤が中心で、
「溶剤系」のクリーナーというのはなかったのです。私のような「田舎者」(が当時は大多数だったのですが)は
そんな「油漬けモーター」でも平気で走っていたわけです。消費電力が小さかったからこその話で、今では論外なことですが・・・。
裏を返せば、ちょうどこの頃から、モーターのメンテについて真剣に考慮されるようになった、ということです。何しろ、それまでなら
15分余り遊べた同じバッテリーで、「540ブラック」のように「2分しか走らない」RC用モーターが出てきたんですから。
ちなみに、当時のJMRCAのレースはたったの45秒しか走行時間がなかったんだそうです。
まあ6Vの1200SCセルで全備重量1100g前後、それでいて今、我々が遊んでいるF1モデル(7.2V、540仕様、2400RCセル、950〜1000g)を凌ぐ
運動性能を得ようと思ったら、仕方のない話ではありますが。
話はそれましたが、どうしてAYKのことをこんなに書いたかというと、いわゆる「モディファイドモーター」の歴史もまたAYKから始まったものだからです。あくまでも日本での話ですが。
AYKが1979年(だったと思う)に発売した「RZ−1200」は、「モーターカン+アルミ削り出しエンドベル&エンドマウントの3分割構成」、「ボールベアリング支持」、「交換式ブラシ」、「交換式ローター」
といったスペックを市販品として全国レベルで提供した、日本初のモーターだったのです。それまで、レースに使える
ハイパワーモータ−といえば、マブチRS-540Sあるいは一部メーカーが採用していたイガラシ製、サガミ製しかなかったのですから、
モーター制限のないレースでRZ−1200が猛威を振るったことは想像に難くありません。
そんなわけで、間もなく、各社から次々とパワーアップの改良を施した対抗商品が出てきましたが、その多くは
コストを考慮して従来のストック用モーターカンをベースとした商品でした。
マブチ「RS-540SDブラック」もそんな商品のひとつです。
後で出てきますのでついでに書きますと、
83年頃になると、こうした「線香花火」的なレースのあり方への批判と、
IFMARを頂点とする海外レースの影響を受け、JMRCAのレース規定は一定時間内のコンスタントな速さを競う
「8分レース規定」に移行することになりました。やみくもなハイパワー競争は影を潜め、
モーター競争もパワー至上主義から効率重視へとパラダイムシフトしたのです。
当然ながら、タミヤもこのような市場変化にマッチした新商品を投入しました。
それが左の写真「ポルシェ956・レーシングマスターMk.5」(84年5月発売)です。
従来の常識を打ち破る「880g」という超軽量規定に合致するために樹脂製パーツの多用により軽量化を図る一方、
ダブルデッキFRPシャシーとタミヤ初の3Pサス採用により十分なロードホールディング性能の確保が図られました
(とは言ってもその性能レベルは他社より1〜2年は遅れていましたので、とてもJMRCAで使う気にはなれませんでしたが)。
そして、このシャシーに組み合わせるモーターも、8分レース用として新たに開発され、
「マブチRS-540SDブラック・エンデュランス」の名称で採用されました。
ですから、ひと口に「ブラックモーター」と言いますが、厳密には2種類になったわけです。
この段階で、もともとの「ブラック」は「ブラック・スプリント」と改名されました。つまり、写真に映っている
赤いエンドベルのモーターは、ラベルからも分かる通り、「エンデュランス」発売後の後期型に相当するわけです。
ちなみに、「エンデュランス」は右の写真のとおり、青いエンドベルでした。
<ブラックモーターの外観上の特徴>
またまたウンチクが長くなりましたが、いよいよブラックモーターの検証に入りましょう。
マブチRS-540SDシリーズの特徴は、従来の540Sのモーターカン/エンドベルをそっくり転用している点にあります。
「余計な部品を増やさない」がポリシーのマブチモーターの真骨頂です。ところで、今回改めて発見したのですが、
「SD」(いわゆる「ブラック」)のピニオン側軸受けのハウジングはアルミ削り出しと、今にしては「贅沢」な作りなのですが、これはSDだけなのかと
思っていたところ、オリジナルの「RS-540S」でも同様の作りになっていたと。
もちろん「S」の軸受けがオイルレスメタル支持なのに対し、「SD」はセールスポイントとして摩擦の小さい
ボールベアリング支持を採用していた、という違いはありますが。
どうやら、当時はまだ軸受けハウジングまでカンと一体成形になるような
「深絞り加工」ができなかったため、カンとベアリングハウジングは別体になっていたのですね。
ちなみに、後に7.2V対応品として登場した「RS-540SH」のベアリングハウジングは、プレス成形のモーターカン
一体型となっていることはご存知のとおりですね。
さて、次にエンドベルに目を移しますと、樹脂製、カシメによる取付のため進角変更不可である点は
もともと「S」と同じですが、なんと、SDの軸受けがオイルレスメタルである点はすっかり忘れていました。
そう、ボールベアリングが出力軸(ピニオンが付く)側にしか入っていなかったんです。
グリス(オイル)漏洩の問題とか、コストの問題とか、いろいろあったのでしょうが、
こんな中途半端な商品でも「画期的」な
インパクトをもって受け入れられていたところに、時代の差を感じますね。
巻き線の太さやターン数など、内部構造については分解しないと分かりません。
今回は、あくまで外観調査のみですが、それでも年月を経て改めて触れてみると、いろんなことに気がつきます。
基本的に現代の最新モーターよりエアギャップ
(ローターと磁石の隙き間)は広いです。そりゃそうだ「S」と一緒のローターですもの。
ローターへの石詰まりが致命傷となるオフロードではトラブルが抑えられて意外に良かったかも。
ところで、ブラシ形状はSD独特の形状で、ブラシ中央部が完全にフラットで、両端が極端に立っている「コの字」型です
(スプリント、エンデュランス共通)。540SやSHとは完全に異なる形状です。
540Sはもっと両端をつなぐ面が孤を描く緩やかなU字型でした。
思うに、SD専用ブラシは接触抵抗の軽減を狙った形状なのでしょう。「全アタリ」が始まった時点でオワリ、というわけです。
ならば、全アタリは一気にドンと始まったほうが分かりやすいと。まさに「RCレース専用設計」だからこそ許される仕様だったわけですね。
<いよいよダイノで計測!〜まずはスプリント>
(実線はRS-540SDブラック・スプリント、点線はいつもの基準ジョンソン、いずれもナラシ前の初期計測値)
まずは、「モーター研究室その2」以来、基準データとして使用している第2世代ジョンソン(未ナラシ)と540SDスプリント(赤エンドベル)の標準的なスペックの比較。
540SDスプリントは、20年の歳月を経ても、期待通り1200mAhを2分で食い尽くしたモンスターっぷりを余すところなく披露してくれました。
ボールベアリングの効果もあって最高回転は21000オーバーを記録する一方、
起動時(@7.2V電源)の消費電流はジョンソンとほとんど同じレベルにとどまっています。
最大出力は未ナラシにもかかわらず91Wに達しました。ナラシが進めば100Wに達しそうです。
意外だったのはトルクの細さで、磁界強度を示すEMF値ではジョンソンより2割も少ない数値です。
これは恐らく、エアギャップが広めなのと、当時の磁石が弱かったためと考えられます。磁石は年々どんどん強力になっていますからね。
後日、経年変化による磁力抜けというのは実はほとんどない、ということが分かったので、
どちらかと言えば、磁石の素材面の影響が大きいと考えます。
<エンデュランス〜実はジョンソン並の性能だった>
(実線はRS-540SDブラック・エンデュランス、点線はいつもの基準ジョンソン、いずれもナラシ前の初期計測値)
さて次に「エンデュランス」のほうですが、驚いたことに、基準ジョンソンとほぼ同等のデータとなりました。
基準ジョンソンは、4つ穴のいわゆる「第2世代」で、現行の2穴スチールエンドベルの第3世代ジョンソンより若干出力は低めですから、今では
熟成を重ねた「ストック」ジョンソンのほうが、15年前の「モディファイド」よりもパワフルになってしまったと。世の中面白いですね〜。
ただ、データをよーく見ると、ストックとモディファイドの違いは確かにあるようです。ジョンソンは540SDエンデュランスより
低回転域でのトルクが厚いです。したがって低回転域での電流消費も相対的に大きくなっています。
低回転域を多用するテクニカルコースでは、低域の効率が高いエンデュランスのほうが燃費が良いはずです。
ま、こんな絶版モーターと現役モーターの比較をしても、現実には何の役にも立ちませんが。
エンデュランスのEMF値はスプリントより1割以上も高く、限りなくジョンソンの値に近いです。
ジョンソンよりは弱いですが。
EMF値はターン数、すなわちローター側の磁力でも変わるようで、なかなか判断が難しい数字ですが、
これだけ違うとなると、マグネットの素材変更の可能性もあるかも知れません。
スプリントが80年発売、エンデュランスが84年発売と4年間の歳月が流れており、
その間にライバルメーカーのモーターは飛躍的に進歩していたわけですしね。
(実線は540SDスプリント、点線は540SDエンデュランス、いずれもナラシ前の初期計測値)
ちなみに、「スプリント」と「エンデュランス」を直接比較すると、こうなります。
(実線は540スポーツチューン、点線は540SDスプリント、いずれもナラシ前の初期計測値)
また、現在販売されている「540スポーチュチューン」は、実質上、540SDスプリントとほぼ同等品であることが分かりました。
もちろん、「スポチュン」は軸受けがオイルレスメタルですので、高回転域での効率の悪さは
避けられませんが。進角についてまだ調べ切れていないのですが、スポチュン、540SDシリーズともすべて恐らく同じと思われます。マグネット磁力や出力、最高回転数、トルクといった
スペックは驚くほどオーバーラップしています。
<まとめと考察>
以前、スポチュンは540SDエンデュランスのデチューン版ではないかと推定していましたが、
実はほとんど「スプリント」の仕様であることが分かり、改めて昨今のモーターパワーのレベルの高さを実感してしまいました。
ベアリング片持ちとはいえ、20年前に4800円ですから現在価値にして1万円以上の値段が付いていたものと
同じレベルのモーターが、今ではたった1500円で買えるんですからね!
モーターはカン、ブラシ、ローター、軸受けなどの素材および加工技術の進歩とともにどんどん性能が上がっています。
恐らくこれからももっともっと改善されていくでしょう。楽しみですね。
(この項おわり)
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